冲方丁(うぶかた・とう)さんの新作です。
連作するコラムで「怒り」か「泣き」をテーマに書きたい、という企画自体、非常にユニークなのですが、一つ一つのお話が、わずか数ページの中に、ギュッとエッセンスが詰め込まれている感じです。
これは冲方さんがいろんな方に聞いて回ったお話を、アレンジされたものですから、全部が完全な実話というわけではないのですが・・。
たとえば、こんな話があります。
念願の子供が視力薄弱だったそうです。
手術すれば治るかもしれないけれど、生まれたばかりの子供に、そんなことをしてくれる医者はいるのか。
新しく起業したばかりの父親は、毎日、仕事で疲れて帰ってきては、母親とこの話に明け暮れて、疲れるばかり。
「父親としてはもっと強くなって、自分の子供なんだから、どんな状況でも強く愛してやろう、と思うんだけど、がっくりしちゃうの」
しかも男の子なのに、とがっていたり、硬いオモチャが買えないので、どうしてもぬいぐるみばかりになってしまう。
夫婦そろってぽっきりと折れそうな気持を抱えて寝てしまう日々。
そんなある日、目覚めてみると、自分たちの周りにぬいぐるみがずらりと並んでいた。
3歳になるこの息子が、疲れ果てた父親を励まそうとしたに違いない。
夫婦はそう信じた。
「思ったよ。この子は光を奪われたんじゃない。この子の中に光があるんだ、と」
この事件から、彼の人生はがらりと変わる。
子供の目は治療でよくなり、仕事も順調に回りだす。
非常に良い話の集まった、心に残るお勧めの本です。
冲方丁「もらい泣き」集英社