田中小実昌さん

この間、「テルマエ・ロマエ」の三巻を読んでいて、懐かしい名前に遭遇しました。田中小実昌さん。

もうなくなられてずいぶん経ちますが、田中さんの訳された文庫本で、すごく印象的なエピソードがあります。

60年代、007などスパイ小説がはなやかなりし頃に、「部隊シリーズ」という小説がありました。これはマット・ヘルムというエージェントが活躍する、いささか冷酷なところのあるアクション小説でした。早川書房でシリーズとして出す際に、何人かの翻訳家に訳を依頼したそうです。

この時、一人称を「わたし」か「おれ」にするかで意見が分かれ田中さんは、他の翻訳家たちと意見が違ってしまったそうです。

そこで、田中さんは、「自分」を表す言葉を使わないで1冊全部訳す、という方法を取ることにします。

数行の文ではありません。1人称で書かれている、小説全体です。
これがいかに大変なことかは、少し考えてみればすぐわかります。

田中さんも苦労されたそうですが、結局、2か所を除いてなんとかなった、とのこと。その2か所は、「こちらにむかって」というような表現で逃げてしまった、と訳された本のあとがきで書いていました。

これは、翻訳にまつわるエピソードとしてとても感心しました。
その時の、「あとがき」がついていたのはどの本だったか忘れてしまいましたが、その内容だけは強烈に覚えています。

テレビ等ではひょうきんなおじさんというイメージのある方でしたが、そんなすごい翻訳家でもあったかたでした。

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