北杜夫さんが亡くなったときには、とても悲しく思いました。
小学6年の時に、当時とっていた新聞に、北さんの「奇病連盟」が連載されて、毎日新聞が届くのを待ちかねて読んでいました。
その後単行本になって時にも買ってもらって、何度もくりかえし読み、ボロボロになってしまったころ、全集が出ることになり、これも手に入れました。
全集には、月報、という言うものがついており、これには北さん自身の『創作余話』が連載されていたほか、お友達の作家さんたちが北さんのエピソードなど書いていて、これが楽しみになっていました。
月報に動物学者で作家の畑正憲さんがこんな思い出を紹介してくださっています。
「北さんと食事をしたときには、彼はあまり調子がよくないようだった。鬱だったときのようで、水割りは絶えず口にしていたけれども、食事にはほとんど手をつけなかった。数年後、今度は躁のときに食事をした。今度は、食べながら飲みながらだった」(要約です)
さらに、
「ヒグマを飼っていたが、世話をした甲斐なく死んでしまった。そのときの北さんからの電話をはっきりと覚えている。鬱の時期だったらしく、暗い感じで『気を落とさないように。また、新しい仔を育てなさい』といわれた」
結局、畑さんはその後3年間、新たにクマの子を育てる気になれないまま過ごされたそうですが、その間もずっと気持の上でこのことばが残っていたそうです。
その後、縁があって、またヒグマの仔が手に入ったときには、かわいくて、もう一度育てる決意をされたらしい。
全集などで、こうしたお話を読み返していると、北さんがまるで自分の身近な友ででもあるかのように温かい気持ちになれます。
ご冥福を祈りつつ。