江戸川乱歩賞に投じられながら、残念ながら受賞を逃した作品です。
当時日本で唯一といってよい推理小説の賞として、乱歩賞は本格推理の与えられるものでした。
ただ、その性格は、少しずつ変化しており、だんだんと社会派的な小説に与えられるようになりつつありました。
「占星術殺人事件」は、横溝正史風の、まさに「おどろおどろしい血まみれの推理小説」でしたから、ある意味では、賞を与えられないのは当然の帰結でした。
さいわい、具眼の士がいて、出版されることになりました。
そういう点では、中井英夫「虚無への供物」と似た経緯をたどっています。
さて、この作品は、ある画家が密室で殺害されます。
この画家の残したノートには、アゾートという完全なる女性を生み出すために、6人の女性を殺害して肉体の一部を組み合わせる、というおぞましい物語が描かれています。
それをまさに実現したような肉体の一部を損傷した遺体が各地で発見されます。
この猟奇事件をきっかけに、天才・御手洗潔がデビューするわけです。
その後、御手洗は研究者として世界の頭脳の一人のようなポジションを占めていくようになるわけですが、読み返してみると、当時から島田氏が、そうした構想を持ったうえで書きすすめていたことがよくわかります。
島田氏は、その後新本格とよばれることになる一連の作家たちをデビューさせるのに一肌脱いでいくわけですが、今、読み直していくと、氏の作品は、新本格の人たちの作品よりも、ずっと骨太なものであったことがよくわかります。
現在、全集が刊行中の島田氏は、その作品を徹底的に書きなおすことでも知られています。今回、この作品の「完全改訂版」を読んで、たいへん読みやすく感じられたのもそのためでしょう。