深夜の謎(シャーロック・ホームズ)

ホームズ・ファンの方たちは、「深夜の謎?そんな作品、あったっけ?」と思うかもしれません。

これは、昭和30年ごろから、ポプラ社から出版されていた、山中峯太郎という人の訳された、「名探偵ホームズ全集」(全20巻)の一部です。

このシリーズが本屋に並んでいるころ、私は、また小学校低学年でしたが、江戸川乱歩の少年探偵シリーズ、南洋一郎のルパン・シリーズとならんで、ホームズ・シリーズが、大変人気がありました。当時、父と母といっしょに、栄の百貨店に月1回出かけて、一冊本を買ってもらうのが楽しみでした。

わたし自身は、できるだけ、作品の書かれた順番通り、読みたいと思うタイプだったので、最初の「スパイ王者」という巻を手に取ってみました。

ところが、ホームズ初登場ではなかったようなので、次々と「はしがき」を開いて読んでいくと、5巻の「深夜の謎」というのが、それにあたる作品のようです。

そこで、それを買ってもらって、帰ることにしました。

他の訳本では「緋色の研究」または「緋色の習作」となっているのが、この本です。

ただ、どういう関係か、1部と2部とが逆の順番になっています。

ご承知のように、1部では、ワトソン博士がホームズを紹介され、ロンドンでの謎の事件に巻き込まれ、1部の末尾で、すばらしい手腕で、犯人を逮捕する、という構成になっています。

2部では、この事件の元になった、ある教団の事件が描かれています。

それが、逆になっているのはどうしてかわかりませんが、2部の、アメリカ西部の話が続いて、なかなかホームズが出てきてくれない。

何日もかけて1部(本当は2部)を読み続けましたが、だんだん疲れてきて、本来の1部である2部を読み始めると、ホームズ、ワトソンも登場し、ある小屋での殺人事件が起こり、あっという間に話が進んでいきます。

絶対2部→1部の方がおもしろいのになあ、と思い、次の月には、別の出版社のホームズものを手に取ることになりました。

後になってわかったことは、この山中峯太郎という人は、戦争時代に、少年たちをわくわくさせる冒険物語をいくつも書かれた人で、ルパン訳者の南洋一郎さんとならんで、当時の大ベストセラー作家であったらしい。

それが、戦争も終わり、冒険小説の需要も落ち着いてしまって、ポプラ社から、依頼されて、翻案を手掛けた、というのが真相のようでした。

「君が探偵か!それはおもしろい」とか、[猛烈、また猛烈]といった、原作のホームズものでは決して見られないような、小見出しがあって、これも興味深いものでした。

この「深夜の謎」は、まず、ワトソンとホームズの出会い、そして、ホームズがスコットランド・ヤードの警官たちに依頼されて、ある事件現場を訪ねる。この時、彼の慎重な調査ぶりにワトソンが驚く。

そのあと、現場で殺人事件を発見した警官を訪ねて、話を聞いた後、「君は大物を取り逃がしたね」とケレン味たっぷりの演出で、読んでいるとわくわくします。

別の出版社のホームズを1,2冊読んでみたのですが、そうしたおもしろさが今一つだったため、もう一度山中さんの翻訳(翻案、というべきでしょうか)を読みたいと思ったのは、高校くらいになった時ですが、その時は既に、山中ホームズは姿を消してしまって、ポプラ社からも阿部知二さんの訳になっていました。

阿部さんの訳は、原作に忠実なもので、もちろんその面白さは、ありますが、山中氏の破天荒な面白さは書けていて、少しがっかりしました。

その後、古本屋などで、山中版ホームズを1,2冊見つけることもありました。

山中版ホームズにはいったい何が起こったのか?

これは、また、数十年たって、真相を知ることになります。

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