私も最近まで、詳しい内容は知りませんでしたが、山中峯太郎の『ホームズ』が、書店から姿を消したのには、事情がありました。
シャーロック・ホームズ・クラブというファンクラブがあります。
この会長さんは、精神科医のかたで、昔からのファンのかたのようです。
実は、山中峯太郎のホームズが、良きにつけ、悪しきにつけ、自由度がきわめて高いところがあります。
それは、ホームズの人となりにはじまります。
山中ホームズは、大食漢であり、いかにもなスポーツマンで、明朗そのものの人物です。
山中ホームズになじんだ人なら、多分、はじめて本物のホームズに接触すると、別人?と思ってしまうほど、イメージが違っています。
ある意味で、山中ホームズは、昔のヒーローのあり方、そのもので、おそらく、その人気の根源もそこにあったと思うのです。
それ以降のホームズは、どちらかというと、原作に忠実なものであり、やや気まぐれであり、一部省略されていても、暇で、退屈を持て余すと、コカインを注射したりする、不健康なところがありました。
たぶん、会長さんにとっては、そうしたホームズのイメージがとても大切であり、子供向けだからと言って、そうした部分を取り除いてしまったのでは、活劇ものになってしまう、とお考えになったようです。
私も、一部、記憶しているにすぎないのですが、会長さんは、「悪意ある誤訳」と考えて、山中訳の一部を英訳して、本国イギリスのファンクラブにも訴えを起こしたようです。
これがきっかけになり、子供向けと言えども、訳はきちんとなされるべき、という方向性が生まれたようです。
江戸川乱歩作品に関しては、もともと日本語ですから問題はないのですが、ポプラ社からは、少年探偵団シリーズの子供向きの作品だけではなく、もともと大人のために書かれた作品も収録されておりました。
江戸川作品は、特に大人むきのものは、一時期、[エロ・グロ・ナンセンス]のレッテルが張られた時代があり、子供向きにはふさわしくない、という世論もあり、本屋から姿を消したものです。
また南洋一郎のルパン・シリーズも、絶版になったりしたようですが、これは、主としたターゲットではなかったため、また復活しました。いまも、ポプラ文庫として、発行されています。
が、山中ホームズは、ざんねんながら、姿を消してしまい、その後は、各社さまざまな訳者で、新たにシリーズを発行する、という顛末になりました。
そういうわけで、山中ホームズは、40年近い年月、書店では手に入らない状態が続いていました。
2017年1月に、平山雄一さんという、篤志家の努力によって、この山中ホームズが復活しました。
余りの懐かしさに、すぐに購入しました。
昭和30-50年代に、全20巻で出され、しかも、順不動で出された山中ホームズが、今回は、豪華版で、全3巻にまとめられて、最終巻には、いま述べてきたような裏話も載って、帰ってきたのは大きな喜びでした。
残念ながら、挿絵の復刻はできなかったようですが、それでも、とてもうれしい。
さらに、子供時代に読んでいた時には気付かなかった山中ホームズにおいて、翻訳者、山中峯太郎が、コナン・ドイルのミスに気づいて、訂正した部分や、脚色した部分などを、細かく読んでいくと、本当に楽しい。
わたし自身も、それなりにホームズ物は読んできたつもりですが、山中版も、なかなか味のある作品だと改めて思ったものです。
さっそく、「深夜の謎」から読み始めました。